夜、森の脇に車を止め、その中でギターを弾きながら歌うということを始めて数日経った頃のことです。 実はちょっと悲しいことがあったんですが、でも歌っているとその世界に入れますから、その間は救われているという感じだったんですね。 しかし、歌が終わると現実の世界に引き戻されます。 現実は、夜の闇であったり、せいぜい蛙の声であったり、うだつの上がらない自分であったりします。 現実ってつまらないな... そう思っていたときです。
 窓の外をゆっくりと点滅しながら横切って行くものがありました。 蛍です。 最初は目を疑いました。 でもよく見ると、何匹となく、自分の車を囲むように飛んでいます。 まるで、歌を聞きに集まって来てくれたかのように。
 飛んでいたのは、ゲンジボタルという日本では最大の蛍です。 体長は1cm以上、1.5cm位あるでしょうか。 すぐそばに飛んでくると、ブーンという羽音が聞こえるほどです。 例年は6月頃に羽化するのですが、今年は5月初めの夏を思わせるような陽気に誘われて、ずいぶんと早く登場したようです。 まだ気温が低いのでゲンジボタル特有の機敏な飛び方はできないようですが、点滅の明るさは留まっている周りの草や木の葉を緑色に浮かび上がらせるほどです。
 そこは、神奈川の横浜市と東京の町田市の丁度境目近くにある寺家(じけ)という地域で、「こどもの国」という大きな遊園地(?)の裏手に当たります。 環境保全地区かなんかに指定されており、田畑や森、池などが守られています。
 森にはいろいろな虫がいます。 僕が見ただけでも、各種の蝶や蛾、蜻蛉、蝉、蜂(オオスズメバチには注意!)、キマワリ、オサムシ、ヨツボシケシキスイ、カナブン、ミヤマカミキリ、コクワガタなどがいます。 地元の人の話では、オオムラサキ、シロスジカミキリ、ミヤマクワガタ、カブトムシなどもいるのだそうです。 寺家には、蛾の女博士なる方が居を構えていらっしゃるというのをラジオで聞いたこともあります。
 蛍が出るという噂は聞いていましたが、まさかゲンジボタルであったとは。 地元の人の話では、元々は一回り小さいヘイケボタルが生息していたのだそうですが、誰かが他の地域(岐阜方面とも山梨方面とも言われている)からゲンジボタルを連れてきて放ったのだそうです。 それでも7月になれば「むじな池」という池のあたりにヘイケボタルが出るそうですから、棲み分けは大丈夫なようです。 きっと地元の方々が、農薬などで水質を損うことのないよう工夫されているのでしょうね。 この分なら8月には小さなウバボタルを見ることだってできるかも知れません。
 蛍は、呼吸をする度にお尻のところから緑色の蛍光を発します。 雄雌とも光るのだそうで、おそらくこの通信手段により、知り合って結ばれるんでしょうね。 幼虫は池や小川でカワニナなどを餌にしますが、成虫は草の露程度しか口にせず約1週間足らずで死んでしまうと聞きます。 儚いけれど、美しい恋愛ですね。 それにしても、蛍の飛んでいる光景は、幽玄というか神秘というか、現実って素晴らしいじゃないかということを僕にもう一度思い起こさせてくれたのでした。
--- 11.May.1997 Naoki


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