歌詞のこと
歌詞を考える上で師匠として崇めている人に、ジェームス・テイラーというシンガーソングライターがいます。
ウェストコースト系の音楽を聞く人にはお馴染みかも知れません。
東海岸の雄ルー・リードが「ウェストコーストなんて糞だ」と言ったそうですが、どっちかというと僕もそうです。
でも彼の言葉は逆説的に捕らえることもできます。
つまり、そこまで言うということは、彼がその手の音楽を聴いたことがあるという証でもあるからです。
どっちかっていうと僕もそうです。
ジェームス・テイラーの歌には、様々な作詞のノウハウが秘められています。
中でも、最初に印象的だったのが、"Don't Let Me Be Lonely Tonight"(アルバム「ワンマンドッグ」に収録)という曲です。
その歌詞の手法は一貫していて、
"Tell me lies but hold me tight."(「嘘ならつきなよ、でも強く抱いてくれ」)とか、
"Don't say YES but please don't say NO."(「YESはいらない。だが、どうかNOと言わないでくれ」)
といった調子のセンテンスが続々と出てきます。
相反する内容を対照して強調する方法といえばそれまでですが、大げさに言えば弁証法的に「それどころじゃない気持ち」というか「言うに言えない気持ち」を表現してるわけです。
ま、松田聖子が「小麦色のマーメイド」で歌っているところの「好きよ〜嫌いよ〜」にも近いものがありますが、これは強調というよりはクスグリでんな。
「あんまりオッサンからかわんといてぇな」と言いたくなるような歌詞でんな。
いずれにせよ、まぁ、いろいろと作詞に関するテクニックというものがあるようです。
しかし、大抵の場合、歌詞というものは字面だけ追ってみてもつまらんもんです。
今は亡き人生幸朗師匠がボヤキたかったのも無理はない。
「もっと誰が聞いても皆さんがなるほどなぁと分かるような歌唄え。ほな、研ナオコが『カモメはカモメ』、あったりまえじゃい!
そんなもん楽団使うて大層に唄うな!」とかなんとかボヤイてましたなぁ。
関西のフォークグループ、ディランⅡの「ガムを噛んで」のブリッジなんか、意味不明です。
「ガムを噛んで、戸口に立とう。通りを抜けると、そこは丸木橋。可愛い君に、一輪の花を。このままでいたいよね、君と一緒なら。」
ところが、歌を聴くと涙が出るくらい美しいんですよ、これが。
おそらく、歌詞とメロディーが同時にできたクチだと思います。
そういうのって、いい曲が多いんですよね。
そうかと思うと、ボブ・ディランとかジョン・レノンとか、メロディーなしでも詩集になっちゃうようなのがある。
歌としても素晴らしいが、詞だけでも充分伝える力がある。
これは、どういうことでしょう。
英語だから...って考え方ができるかも知れません。
英語の歌詞って、けっこう叙事的ですよね。
日本語の歌詞は、専ら叙情的です。
日本語の音の最小単位がシラブル(1つの母音を含む音節)であるため、一定のパッセージ内に収まる言葉が少ないというのが原因の一つでしょう。
日本語で「ワ・タ・シ」と唄う間に、英語で「アイ・ラブ・ユー」くらい言えちゃいます。
英語なら「ニュージャージーのターンパイクで車の数をかぞえていたんだ...」なんて一息で歌える。
日本語の歌詞は、短い間に多くが語れないから、勢い抽象的になり、叙情詩に傾き、メロディーなど音楽的要素との結合度が高くなるというわけです。
そんなことに束縛されていてはいかんと、矢沢栄吉や桑田圭介といった「トップミュージシャン」達は英語的発音の日本語を駆使しましたよね。
実はこの手法、ディック・ミネさんの頃からあるんですがね。
最近の若い衆は、それも乗り越えて、早口な曲でガンガン叙事詩を唄ってます。
「携帯電話のスイッチを切ってバッテリーを外して貴方のアドレスを消した」とか、メッチャ具体的なことをメッチャ早口で唄ってます。
しかし、僕だけの感想かも知れませんが、皆さん志は高いと思うんですが、正直言ってパッとしないのが多い気がします。
やっぱ、北原白秋&山田耕筰とか六八九(永六輔・中村八代・坂本九)とかに匹敵する日本語の歌を作るというのは、なかなか難しい。
日本語って、あんまり変化してないじゃないですか。
相変わらず若い衆がスラングを編み出したりしてますが、どれもシラブルの呪縛から解放されるものではありません。
「イカス」も「ドツボ」も「チョベリバ」も、その時代その時代では目新しかったのでしょうが、結局どれも典型的な日本語です。
ですから、我々はかなり根強く日本語文化圏に浸っていると考えるべきです。
これって、でも、一種の恵みですよ。
沖縄音楽にペロッグ音階が残されているように、大和にはシラブル言語が残されている。
遅かれ早かれ日本でも英語がクレオール化して英語の歌謡曲が流れるようになるのでしょうが、せっかくだから、ちょっと日本語の歌詞に注目してみる価値はあるのじゃないかな。
あ〜、それにしても歌詞って難しい...
--- 08.Jan.1997 Naoki