スターとの遭遇

 女性というのは頭の中に好き好きスイッチみたいなものがあって、 普段は淡々粛々としていても、そのスイッチがONになったとたん、 まぁ人が変わったように特定の異性に没頭する仕組みになっている。 そのかわり、何かの拍子でOFFになったとたん、 また別人のように興味を示さなくなる、そう見えます。 男性は大凡だらだらと異性を求めるが、 女性のそれは鬼気迫るものがある。

 僕が子どもの頃、巷の娘というものは、 ビートルズにキャー、ベイシティーローラーズにキャー、 それはもうヒステリーのような騒ぎで、 グループサウンズにキャー、ジャニーズのタレントにキャー、 それはもう古今東西そうなんですね。 男性ファンが女性タレントにワーワー騒いで気絶するような話は聞いたことないが、 女性ファンの絶叫、感涙、失禁、失神騒ぎというのは古今東西繰り返される。

 ずいぶん昔になりますが、いわゆるアイドルの青年達と ライブハウスで楽屋を同じくしたことがあります。 歌謡曲をラップ風にアレンジしてダンス付きで歌うようなユニットで、 すでにファンが大勢付いていて、その日が初ライブだったのかな。 出番は彼らの方が先で、未だ時間帯も浅いのに大入り満員。 先に場内のモニターにビデオクリップの放映が始まると、 それだけで「キャー!」と始まった、たいしたもんだ。 青年達は、裸の上半身にベストのようなものだけ身につけて登場するらしい。 きっと常軌を逸した女性客達にはセクシーに映るのでしょう。 これは良い機会と思い、青年達にベストを貸してくれと相談。
「いいですけど、何に使うんですか?」
「今その格好で出て行って、一瞬でもキャーとか言われてみたい」
「やめてください」

 まぁ、了見の狭い僕としては、 そういういわゆるミーハーな女性達を蔑視していたわけです。 かつて付き合ったことのある女の子はみんな落ち着いたタイプであり、 (隠していただけかも知れないが) 黄色い声を上げながら男の尻を追いかけるようなタイプは一人もいません。 で、当然の事ながら、今のカミサンも男性アイドルには感心のない女性でした。 唯一、レッドツェッペリンのボーカル、ロバート・プラントを気に入って 写真の切り抜きなんぞを所持していたが、まぁその程度のもんで、 少なくともいわゆるアイドルタレントには全く興味がなかったようです。

 ところが人間、薹が立つと変わるもんで、 ここ数ヶ月、新進気鋭のジャニーズタレントであるK君に夢中。 それはもう恐ろしいほどで、家に帰ると彼の歌やドラマが繰り返し放映されており、 口を開けばK君がこうしたK君がああしたとそればかり。
「わざわざ教えてくれなくていいよ」
とすげなくするものの、今のカミサンの唯一の楽しみ、 ため息混じりで見守っているのであります。

 ジャニーズタレントというのは、フォーリーブスから始まって もう何十人もいるんだろうと思います。 中には、愚息の中学の先輩もいるらしく、 近所の寿司屋なんかでそのタレントの若い頃の話をよく聞いた。 けれど、僕はそういうタレントというものに殆ど遭遇したことがありません。

 大学の頃、高田の馬場で女優の松原智恵子さんを見かけたことはあります。 普段着でありながら現物はスクリーンの中よりもっと美人でチャーミングだった。 電車の向かいにタレントの松居直美さんらしき女性が座ってたこともあります。 これまたテレビの中より可愛くて、やっぱりタレントさんというのは花があるもんだと思った。 あと渋谷の天ぷら屋で当時「あっぱれさんま大先生」に出ていた母子連れを見たし、 そうそう、つい先日、大江戸線で向かいの座席に昔「あっぱれさんま大先生」に出ていた女の子が座ったな。 いや、まぁせいぜいそれくらい、数えるほどなわけです。

 もちろん、身近な友達がミュージシャンやタレントになって活躍している例はあるんですが、 そいつらと会ったところでスターとの遭遇のような感慨は皆無です。 昨夜も、今では裏方に回っているそっち系の友人にギターのリペアショップを紹介して貰い、 用が済んでから他の友人と落ち合って飲みに行くまで楽器屋巡りをすることに。 見てると欲しくなるなぁ〜、などと語り合いながら、 時々我に返っては財布をギュッとポケットに押し込む。 1軒眺め終えたら次の楽器屋へとハシゴして、 3軒目のギター売り場を散策しているときでした。

 店員からレスポールの見分け方を聞いている若者がいる。 年の頃なら愚息と大差なし、 ペンキの飛沫模様の入ったGパンを履いた、ごく普通の若者。 店員は、これはギブソン社のフラッグシップを示すインレイが入っているだの、 金色のパーツの方がゴージャスに見えるだの、 言っちゃ悪いが実のない話をベラベラと続けている。 けれど青年は、一つ一つ丁寧に相槌を打ちながら、壁に吊られたギターを熱心に見比べている。 はぁ、素人さんだなと、微笑ましい気持ちで目をやると、どうも似ている。 回り込み、角度を変えて眺めると、うん、間違いない。 その青年、今や我が家を席巻してしまったK君本人です。

 カミサンの事を思うとこのままやり過ごすわけにはいかないと考えた僕は、 恥を忍び、頭を下げて割り込んだ。
「カミサンが大ファンなもんで、1枚だけ撮らせてもらえませんか」
「すみません、写真はダメなんですよ」
おぉぉ! そのジェントルでハスキーなボイスはK君そのもの。 胸がドキドキする。 待てよ、なんで僕がドキドキせにゃならんのだ!
「サインくらいなら内緒で・・・」
と言ってくれたので、 店のレジで頭を下げてペンを借り、 頭を下げてサインをもらい、 お邪魔して申し訳なかったと頭を下げ、 レジにペンを返し礼を言って頭を下げて店を出た。

なんなんだ・・・

 確かに彼は、天性と努力の権化であり、 人間的にも成熟度の高い文字通りのタレントです。 世の中の人気を欲しいままにするには充分な活躍があり、 超新星のように登場したスターに違いない。 しかし、自分は何をやっているのか。 カミサンのためとはいえ、いい歳した男が、 愚息に毛の生えたような子に頭を下げて何をやっているのか。 ギターという切り口なら赤子に等しい青二才に対し、 うん十年ギターと向き合ってきた男にプライドというものはないのか。 思えば、プライドの高い自分が、タレントにサインを強請ったことなど生まれて初めてだ。

プライド・・・

 岡本太郎氏の言葉を思い出した。 氏はこう語っていた。 プライドを口にする者に限って、 自分への評価に興味を持ち、 傍目ばかりを気にしている。 けれど、それは全く逆だ。 プライドとは、 良いも悪いも自分の全てを引き受け、 その全てを世の中に押し出すことだと。 ふむ、じゃ、いいんじゃないかしら。 自分は名もない男であり、 カミサンは大のK君ファンであり、 自分はカミサンを喜ばせたいと思っている男なのだから、 ちょっと格好は悪いけど、僕は僕の背中を押したのだ。 それをまた、親切に応対してくれたK君、ありがとう。 いいよいいよ〜、この子伸びるよ〜。


--- 18.Feb.2006 Naoki

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