ダイバーシティレポート

 港区の埋立地に台場というところがあります。 フジテレビが引っ越してきて有名になった地域で、「お台場」と呼ばれています。 行政上の地名は「台場」なのですが、何故か「オダイバ」と呼ばれる。 それなら「オアリアケ」とか「オマクハリ」なんてのもあって良さそうなもんですが、「オダイバ」だけなんですね。 何か由緒があるのだろうと思います。

 ここにはテレビ局のほかに船の博物館、遊園地のようなもの、トヨタの大展示ブースなどいろいろあって、1日で回りきるのは大変だろうと思います。 キッチュな雰囲気のところも多く、何故か自由の女神が立ってたりしてソフトクリームのような松明の先でカラスがカーと鳴いてたりします。 そうかと思うと、野原に花がいっぱい咲いており、雲雀(ヒバリ)が忙しく囀っている。 最近雲雀をとんと見かけなくなっていたので嬉しい。 ずいぶん上空でホバーリングしながらちっこい体で己が縄張りを主張、その向こうに海が広がっているという光景です。 人工の土地とは言え、草木、虫、鳥、生き物たちは春を謳歌していました。

 そういった長閑な表情を併せ持つ一方、建物のある方へ戻ると大変な人混みで、なんと言ってもアベックが多く、日本にこれだけのアベックが生息していたのかと驚くほどです。 幸いこの日はかく言う自分にも連れがいたので心の平衡を保つことが出来ましたが、そうでなかったら「やってらんねーよ」と石を蹴り「あんだチミたちは!」と絡みたくなるような地域ですから、ご来場の際はご注意ください。 まぁ、自分としてはあまり得意な地域ではない。 ならば、なぜここを訪れたのかと言うと、ライブを観に来たのです。 題して・・・

デーモン小暮の「邦楽維新」
第三段:太鼓の巻


デーモン小暮 vs レナード衛藤

 場所は「メディアージュ」という映画館の入ったビルの6階にある「トリビュート・トゥ・ザ・ラブ・ジェネレーション」というレストランカフェ。 およそ旧来のライブハウスの風情とは異なる美しい店構えです。 受付で名前を言えと伝えられていたのでモゴモゴとそのようなことを言うと、「それではVIP席へご案内します」とのこと。 聞いてくれたか、VIPでっせ、と、心の中で叫びつつ、一番奥にあるふかふかのソファーに案内されました。 如何せん、ここからはステージが3分の1ほどしか見えず、結局演奏が始まってからは通路の階段に腰を降ろしたりすることに。 そういう意味では、従来通りのライブハウスと同様でした。

 店内は広く、満席の活況、9割方は20代後半の女性。 ちらほらと和装のご婦人方が見られるのは、「邦楽維新」ならではの光景でしょう、その筋の方がお出でになっているようです。 レストランバーというだけあって、料理は至って美味、それも内容に比して安価、運んでくるお姉さん方は美人、車で来ていなかったら酔いつぶれていたことでしょう。

 会場が暗転し、ステージが怪しく浮かび上がると「ヘャヘャヘャヘャヘャ・・・」、例によって悪魔の声が聞こえてきました。 悪魔は、「邦楽維新」が清く正しい邦楽界の人々を悪魔の世界へ陥れる試みであることを主張します。 大胆不敵な発想です。 しかしこの悪魔、案外と神経が細やかであり、会場では携帯電話の電源を切るようにアナウンスを始めました。 昨日の公演では、この注意をしたとたんに電話が鳴ったらしい。 悪魔は次第に興奮を募らせ、最後は命令口調で言い放ちます。 「いいか、即刻携帯電話の電源を切れ!・・・または・・・死ね! ヘャヘャヘャヘャヘャ・・・」

 笑いに包まれた観客席の後ろから、不思議な金属音が聞こえ始めました。 場内は声をひそめ、息を飲んでその音源に注目します。 スポットライトが点灯すると、腰巻のようなものを身につけ、筋骨隆々とした裸の上半身にラメを散らした男が照らし出されました。 レナード衛藤の登場です。 これが、あの世界的な打楽器奏者であり、和太鼓の第一人者として絶賛されている人物です。 彼が手にしているのは、「チャッパ」という金物で、オーケストラのシンバルを灰皿くらいの大きさにしたようなものだと思ってもらえばいいでしょう。 祭りのお囃子なんかで見かけた方もいらっしゃるかと思いますが、専らテンポキープ用の単純な楽器です。 ところがレナードは、この楽器を巧みな奏法と細やかな表現力で、呟いたり、語りかけたり、囁いたりしているかのように演奏しています。 彼のシルエットは、まるで求道者のようで、尊く、近寄りがたいものに感じられます。 と思いきや、いきなり彼は観客の一人の鼻の先でそれを打ち鳴らし、両手をビヨヨンと広げて(♪クゥワン、ウワン、ウワン・・・と)面白い音。 場内からどっと笑いが漏れました。 いやいや、レナードは真剣な表情です。 何事もなかったかのように再び求道者の姿に戻り、チャッパを奏でながらゆっくりと客席の間を縫ってステージに向かいます。 チャッパの音は、語りかけるように・・・呟くように・・・囁くように小さくなり、そしてとうとう客席の真ん中で止んでしまいました。 ぴぃんと張り詰めた空気の中で、レナードは首をかしげたまま微動だにしません。 彼の視線の先には客席があり、その一人と目と目が合ってしまったようです。 どうなるのかと思いきや、あれレナードはその人にニタァ〜と微笑みかけて会釈。 観客も会釈を返し、緊張の糸が切れた場内は大爆笑に! うぅむ、絶妙の間、いまはなき喜劇王、藤山寛美さんを彷彿とさせました。 レナードは、再びチャッパを打ち鳴らしながらステージへ。

 先ずはレナードのパフォーマンス。 素晴らしいチャッパの演奏ですが、トラッドな奏法と、オリジナルな奏法と、ブラジルにいたインド人から盗んだという奏法(ますますワケが分かりませんが)などがチャンポンになっているのだそうです。 「自分の言葉を手に入れる」、これが求道者レナードを最初に突き動かした思いだったようです。 続いて巨大な太鼓のソロ。 見事な撥裁きだけでなく、集中力の高い演奏が観客を根こそぎ持っていきます。 なんと言ったらいいのでしょう、祈りのようでもあり、呪いのようでもあり、精神的で肉感的、古典にして斬新、自然にして個性的、その大胆さと緻密さは、例えばヒマラヤやカラコルムの山々が壮大な稜線を天に突き上げながら目の醒めるように細やかな山肌の景観を時々刻々変化させる様子に似ています。 もうこの時点で、我々は完全に魅了されています。 更に小太鼓の演奏。 これも見事。 音の合間に入る、「ヤッ!」とか「イョー・・・」とかいう掛け声も我々の心臓を捉えて放しません。 「ヤッ!」、「イョー・・・」、「イャ!」、「ヒャヒャ!」、「ヒャヒャヒャ!」、あれ?なにか可笑しい。 合いの手がいつの間にか悪魔の声に変わっているではありませんか。 「デャヘャヘャヘャヘャヘャ!」と下品な笑い声をあげ、遂に我らがデーモン小暮の登場です。

 ここから二人のトークショーと楽曲の演奏が続きます。 とにかく会場は笑いの渦。 けっこう楽屋ネタなのに、みんな大笑いの連続。 さりげに僕の名前まで登場、誰も知らないっちゅーの。 それでも皆トークを楽しみ、その後の演奏を堪能します。 前半の最後は小説の朗読です。 この日の演目は、「老人と海」のクライマックス。 デーモンは人間界にいるころ劇団員でもあり、「どん底」などの舞台もやっていました。 こういう朗読は、彼の十八番の一つでもあります。 感心したのは、そのBGMを和太鼓でやっていること。 海の波、小船の歩み、鮫との格闘、夜の海、バハマの明かり、そういったものを和太鼓だけで十二分に表現し、聞く者達を小説の世界へ、正確には各自の想像力の世界へ誘うのです。 臨場感溢れる小説の朗読は、30分近くにも及びました。

 後半は「黒船バンド」にレナードが加わり、デーモンの歌を盛り上げます。 各々の持ち曲を披露し、新しい領域のサウンドを組み立てていました。 とはいえ、曲間はやっぱり笑い満載のトークショー。 デーモンが和太鼓に挑戦などというコーナーまでありました。 巨大な太鼓の前で撥を構えるデーモンは、まるで不知火形の土俵入りの様相。 そのまま力任せに打ち鳴らすのかと思いきや、この二日間で盗み取ったレナードの模写を開始、この辺が芸の細かいところ。 観客はおろか、レナード本人までもが腹の皮を捩じらせての大爆笑。 皆、殆ど笑い泣き状態で拍手喝采。 その後は、超ハイテンションで「ゲゲゲの鬼太郎」の替え歌などを披露し、大盛況の内に幕となりました。

 スタッフに呼ばれて楽屋に行ってみると、昔ながらの彼らがいました。 こぐれ君とは昨年の初夏にお会いしましたけれど、レナードとはほぼ20年ぶり。 実際、こぐれ君とレナードも18年ぶりに会ったのだそうです。 「でも、昨日の公演で会っているから1日ぶりだ、ヒャヒャヒャ・・・」とか言ってましたけどね。 若い頃のレナードは、とにかく真面目でとにかく硬派。 僕がよく描いた彼の似顔絵は、四角形を組み合わせたものでした。 それが、今は更に爽やかさと豊かさを併せ持ち、益々好青年になったなぁという印象でした。 彼らが学生時代のマドンナを同伴したので、楽屋は、申し訳なかったけれど同窓会状態に。 昔話に花が咲いたのかというとそうでもなくて、音楽の話や友達の近況、それに我々が会わないでいた間にどんなことがあったのかといった話に花が咲きました。

 レナードというのは本名です。 彼は米国籍なのです。 そういったアイデンティティーが、彼をアクティブにしていった要因の一つかもしれません。 有名なパーカッション奏者のスティーブ衛藤を兄に持ち、彼の父上は知る人ぞ知る盲目の琴奏者、生田衛藤流の家元です。 なぜ世襲を踏んでいないのか不思議になりますが、「親子で同じことをやっても面白くなかろう」という父上の達観がこういった子供達を生み出すきっかけになったようです。 レナードは幼い頃から、琴、三味線、コントラバス、トロンボーンといった数々の楽器に囲まれて育ちました。 僕も彼の鎌倉の家や渋谷の琴の教室に遊びに行ったことがありますが、楽器という楽器が転がっていた。 お父上の嗜好でもあったようです。 ただ、ステージでそう言ってましたが、唯一置かれていなかったのが打楽器だったのだそうです。 (あれ?締太鼓とかあったぞ確か・・・)

 初めてレナードを見たのは鎌倉の物置小屋でした。 夏だというのに締め切った物置から、ドカドカドカドカと地鳴りのような音が漏れている。 スティーブが扉を開けると、中にはドラムセットがあり、上半身裸の汗まみれの若者(今と変わらんな)がもの凄い速さでそれを叩き回していました。 それがレナードでした。 まだティーンエイジャーだった彼は至ってシャイで、その日彼は「どぅも・・・」以外何も喋らなかったんじゃないかな。 ロック系の音楽に夢中だったレナードは、ポルカロなんかのプレイを勉強し、パワフルなドラムを叩いていました。 僕もバンドでご一緒したことがありますが、なんと毎週40キロ以上あるドラムセットをファイバーケースに詰め込み、駅の階段を駆け上がり、電車に乗って手運びで練習スタジオにやって来たのを覚えています。 しかし、彼は漠然と悩んでいました。 「自分の言葉が欲しい」。 自分の奏でるものは、自分の言葉でなくてはならない。 19才の彼は、全ての演奏活動を休止し、当時未だ観光地化の進んでいないバリ島に赴きます。 このころまでのことを、僕は覚えています。

 帰国した彼は、邦楽芸能集団「鬼太鼓座」から生まれた「鼓童」の門を叩きます。 言ってみれば全く畑違いの世界、「僕には分からない何かがあるのかもしれない」というのが動機だったようです。 やがて、鼓童の中心的存在として世界各国を巡り、絶大な評価を得るようになります。 大半は海外での演奏。 活動は充実したもので、世界中何処へ行っても絶賛されました。 ドイツの観客が、「カミカゼェ!」、「イチバーン!」と熱狂する中、しかしながらレナードは何か違和感を覚え始めていました。 (これが本当に自分の言葉なんだろうか?)。

 29才のとき、レナードは一念発起し、鼓童の悪友達と三人で未だ訪れたことのなかったアフリカ大陸に渡りました。 現地で聞いた太鼓の迫力は、彼の想像を超えていたようです。 (このグルーヴは一体何なんだ!)。 釘付けになっていた彼に、オマエも叩いてみろとリクエストが。 (いったい僕の太鼓は彼らに受け入れられるのだろうか・・・)。 不安に駆られながらも、無我夢中で叩いたそうです。 すると、女達が踊りながら近づいてきてくれた。 しなやかに腰を振り、自己主張するでもなく、自然に・・・。 レナードは、彼女達のしなやかな躍動に「今まで出合ったことのない本当の強さを感じた」と言います。 このアフリカでの経験が、彼をまた次なるステージへとエスカレートさせたようです。 「鼓童はもう大丈夫だから」とレナードはスピンアウトすることを決意。 仲間達も「レナードはいずれ出て行く人だから」と暖かく送り出してくれたようです。 ソロ活動の始まりです。 レナードが競演したミュージシャンは、ボブ・ディランから小沢征爾さんまで様々な方面に渡ります。

 19才のときバリで、29才のときアフリカで自らを再発見したこの米国籍の日本人は、それまで築き上げた牙城を惜しげもなく取り壊し、また新たな建設を開始します。 それは、自らの過去を否定する行為には見えません。 この取り壊し、建築を繰り返すプロセスは、骨となり肉となり彼自身となって、益々豊かな音楽家を育んでいきました。 これができる人間は、しなやかで、美しく、強い。 楽屋のちょっとした四方山話が、僕にそんなことを印象付けていました。

 もう一つ面白かったことがあります。 いわゆる同窓会の最中にも、他のファンの方が訪れたり、スタッフが用事を持ってきたりします。 その度に、こぐれ君が席を外したり、レナードの方がいなくなったりします。 つまり、どっちか一方になる。 このタイミングで、まるで内緒話でもするように、彼らは相手をたたえ、感謝の意を(本人ではなく僕に)吐露するのです。 「ここだけの話、今回は本当に良かった、やっぱ流石だわ」。 本人には言い辛いのかな? デーモンとレナード、一見水と油の彼らは、お互いの個性(=長所)を如何なく引き出し合い、素晴らしいライブを見せてくれました。 先ずはご報告方々・・・。

再会を喜び合う(?)レナ〜ドとデルピエ〜ロ
デ〜モン達登場で楽屋は同窓会状態に


--- 10.Apr.2001 Naoki
update --- 11.Apr.2001 Naoki
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