1991年、京都で開催されるマルセル・グロスマン会議のために来日したホーキング博士(Dr. Stephen Hawking)が、日比谷公会堂で事前講演に参加されることになり、友達から譲ってもらった貴重なチケットを胸に、豪雨の中を駆けつけました。「こんな酷い雨の中を、よくぞこれだけ多くの方々が集ってくださいました、しかも物理学の講義のために・・」という京都大学の佐藤文隆博士のご挨拶に思わず笑いがこぼれます。エスカレーション理論で有名な東京大学の佐藤勝彦博士、超ひも理論で有名なグロス博士(Dr. David Gross)の講演に続き、いよいよホーキング博士の登壇です。 博士は、車椅子に座って微動だにせず、手先でキーボードのような装置を操りながら合成音声による講演。シーンと緊張する聴衆。専ら素粒子の振る舞いや相対性理論についての難しい内容ですが、バックスクリーンの映像とともに、思いの外わかりやすく説明されています。「理論的には地球を周回し続ける旅客機の中で暮らした方が長生きする」のだけれど、「実際はそうでもない」と博士。なぜなのだろうと耳をそばだてると「あんなお粗末な機内食を食べ続けていたんじゃ長生きできないでしょう」と。 「これだけ集まっていただいた皆様に感謝して、今日は特別に虚数時間についてのお話をします」とおっしゃったのには驚きました。当時最新の理論でしたから、会場がどよめいたのも無理はありません。「宇宙が始まる前はどんなだったのかという質問は、北極点から1マイル北はどこですかと尋ねられるに等しい」と切り出された博士、何かとてもすごい話になりそうです。ところがそのあとは、二乗するとマイナスになる数を虚数と呼ぶということや、実数と虚数はこんなグラフで表現できるということなどを説明され、「わかりましたか?」。これ、中学かなんかで習った複素数じゃん。おそらく博士は、集まった素人たちでもわかるように、とっておきの優しい説明をされたのでしょう。 最後に対談の時間があり、錚々たる物理学界のトップランナー達が壇上に集いました。ホーキング博士に、超ひも理論は有望かとの質問がありました。「とても有望だと思います。でも、現時点では正しくないでしょう。だって、宇宙の原理的法則があんな汚い方程式になるはずがない」と、辛口ながらユーモラスな回答。なぜ宇宙の研究をされるようになったのかとの質問には、こう答えられました。 「子どもの頃、よく母親とショッピングに行きました。帰宅する夜道、ある角を曲がると、目の前に大きな星空が広がったんです。普段通る道なのに、驚くほど美しく、とても感動しました。たぶん、それがあったからでしょう」。 2018年3月14日、人類を残し、博士は星空へ旅立たれました。もっと共にいたかった。ご冥福をお祈りするばかりです・・
--- 2018/3/15 Naoki
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