今から10年ほど前、仕事の関係で札幌に通ったことがあります。隔月で1年半ほどでしょうか。このとき初めて北海道に降り立ったわけです。ただし、足を延ばしたのは小樽まで、広大な北海道のほんの一部にしか触れていません。にもかかわらず魅了されてしまったのには、空気の美味しさが関係していたのではないかと思います。以来、どうしても再訪したくなり、私的にも2、3度お邪魔させてもらいました。 土地には土地の香りがあります。1970年代の横浜には、港の海風とコンビナートの油煙が入り混じったような匂いがありました。本牧だけでなく、少し離れた山の手でも同様です。最初は戸惑いましたが、慣れてくると心地よくなり、久々に出向いた横浜に雨が降ってこの匂いが流れてきたりすると、青春時代を思い出してセンチな気分に浸ることができます。 幼いころに包まれていた空気というのは、記憶の深いところに仕舞われているものなのでしょうか。京都駅で新幹線の扉が開いた途端、「おぉ、関西の匂いだ・・・」と、忘れていた原風景を思い出したような感覚に捕らわれることがあります。いったいどういう成分で出来ているのでしょう。本牧の海と重油は分かりやすいのですが、京都や奈良のそれは正体がよく判りません。 ましてや、透き通るような札幌の空気は、匂いや香りというより、もはや気配や気分とさえ言えそうなものです。気温や湿度とも関係があるのでしょうか。鼻腔や咽喉に作用するというよりも、胸や胸の奥に作用するようで不思議です。それまで縁のなかった土地なのに、当初から懐かしさを覚えたのは何故でしょう。遠い祖先が呼吸したであろう空気を遺伝的に覚えていて、それを思い出したのではないかなどと空想してしまいます。 東アジアにおいて、秋は偏西風が強くなり、大陸の気団がどんどん東へ運ばれます。小生は蒙古系の顔と自覚しているのですが、蒙古の空気は正しく北海道方面へと運ばれて来るんですね。札幌は東京や横浜と大差のない都市で、繁華街の景観などにさしたる違いは見当たらないのですが、空を見上げると様子が異なります。なんだか妙に雲の流れが速い。これは訪れるたびに感じることで、たまたまかも知れませんが、たまたまではないのかも知れない。蒙古から吹いてくる風です。 先日、シンガーソングライターのbisqさんのお招きに与り、札幌musica hall cafeという店で演奏をしてきました。今回は、パーカッションのみゆきさんとのデュオで、エレキギターを駆使した初めてのスタイルです。不安がなかったわけではありませんが、みゆきさんの素晴らしい演奏に支えられ、ハコの持つウッディーで自然な響きも相まって、想像以上に気持ちの良い演奏になったと思います。演奏場所の背後は大きな窓になっており、日中のため自然光に包まれてプレイするような格好になりました。自分たちの出番が終わり、客席からbisqさんの演奏を観ていてわかったのですが、上空を雲が流れているらしく、暗くなったかと思えばサッと明るくり、また陰ったかと思えばパッと光り輝き、まるで叙情的な映画のワンシーンのようでした。
--- 2017/10/19 Naoki
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