少年サッカークラブのコーチを引き受けてから4年目になりましょうか。 こんな短い経験でも、子供達との波瀾万丈泣き笑いのドラマというのはあるものです。 その一つ一つについてご紹介できるものではありませんが、もしご興味があれば、そのクラブのホームページにもエッセイ等ございますのでご参照ください。
先日は、子安の日産マリノスグランドで市選抜選手のセレクションがあり、ウチのクラブの5年生5人を引率して参りました。 横浜北部地区の約15名をセレクトするのですが、集った子供達は約300名。 それこそマリノスジュニアからウチのような手弁当集団まで、各クラブ選り抜きの少年選手達でごったがえしていました。 台風と秋雨前線の影響で空には黒雲が立ちこめ、ひっきりなしの遠雷と断続的な通り雨の中、子供達は元気にミニゲームやミドルゲームで腕を競っていました。
セレクションという独特の雰囲気の中、取り巻きの大人連中からは大声による声援もなく、子供達は黙々とゲームに取り組みます。 ゴールが決まっても歓声が起こらない人工芝のグランドは、一種異様な雰囲気を醸し出していました。 ウチの子供達は、おぼっちゃま地区出身ということか、普段とはうって変わって借りてきた猫のようにおとなしく、ある程度力を見せればパスは回して貰えるようでしたが、アイディアのあるプレイも初めて組まされた即席の仲間達には通じにくい様子です。
ところが、他のクラブから来ている子供達の中には、遠慮なくどんどん声を掛けて、指示を出したり、アイディアを伝えたり、ゲームメイクを仕切り始めたりする輩が何人かいました。 そういった子は、セレクションというシチュエーションなどお構いなく、即席の仲間、いわばライバルのゴールにさえ「ナイスシュート!」と声を掛け、元気付けていました。 サッカーでいうところのチームプレイとは、「チームのためには個を犠牲にしても」といった雰囲気のものではなく、「同じ目的に向かうために各個人がお互いを利用して」とでもいうような、非常に個人主義的で自発的な色合いのものです。 声を掛けていた子は、初対面の子を諫め、ライバルを誉め、自分より明らかに技量の高い選手にも遠慮なく指示を出し、なんとかしてチームを機能させようとしていました。
「沈黙は金」、「言わぬが華」といった慣用句があるように、古今東西そういう知恵のようなものがあろうかと思います。 しかし、これから何かをしようとか、新しい関係を作ろうというときには、少なくとも発言が必要になりますね。 アイコンタクトや以心伝心とったプレイは、初めからいきなり得られるものではないようです。 トルシエジャパンの「フラットスリー」というディフェンスラインは、センターバックを軸とした積極的な声掛けから始まりました。 宮本選手によれば、「大歓声の中では聞こえない」という経験から、アイコンタクトや以心伝心的なプレイも可能な状態にまで仕上げていったのだそうです。 そういった信頼感というのは、「黙っていても分かるでしょう?」という妙なご都合主義ではなく、積極的に言葉を交わすという段階を経て培われるものであると思います。 また、そういった努力を怠っていると、どんな信頼の絆も腐食し、風化し、知らない内に断ち切られてしまうように思います。
鳴り響いていた遠雷が次第に大きくなり、一際鋭い稲光に続いて「カリッ!」という雷鳴。 すると、執行部の方から間髪置かず「クラブハウスに引き上げてください」というアナウンスがありました。 ゲーム中の子も出番待ちの子もグランドを離れ、丁度全員がクラブハウスに入った瞬間、滝のような豪雨となりました。 いや、実に素晴らしいタイミングのアナウンスでした。 だってそれまで、雷鳴もすれば雨も降ったり止んだりしてたわけです。 それをあの、「カリッ!メリメリドッシーン!」という一発でぱっと判断したとこなんぞ、 神業のように思えました。
クラブハウスはガキンチョ供でごった返していますから、我々オトナは車の中などに避難しました。 もう一人の引率コーチと共に、車載TVで五輪の水泳中継を見ながら、個人メドレーの田島選手の銀メダルに拍手。 窓の外はもう薄暮の状態で、バケツをひっくり返したような雨はなかなか止む気配がありません。 実際、帰りの道中では、水陸両用車よろしく雨水を掻き分けて走行したほどです。 そんな豪雨の歩道を眺めていると、ルーズソックスを足首まで下ろした女子高生が傘も差さずに歩いています。 もう、川にでもはまってきたかのような濡れ鼠。 でも、きっと気持ちいいんだろうな、などと想像してしまいました。
中学生の頃、横浜の根岸に住んでいたのですが、同じ様に豪雨の中をずぶ濡れで歩いたことがあります。
森林公園というのがあって、その横の道を夕立に打たれながら歩いていたのですが、なんともこれが快感でした。
すると、バス停でもないのに、いきなり横に市バスが止まったのです。
何だろうと振り向くと、乗車扉が開き、中から運転手さんに声を掛けられました。
「乗りなさい、風邪ひくよ。」
「いえもう、すぐそこですから。」
「いいから、乗りなさい。」
で、結局200メートルもない距離でしたが乗せて貰いました。
バスの中はガランとしていて、却って寒いような気がしましたが、少し年輩の運転手のオジサン、きっと同じ年頃の息子さんでもいるのかななどと勘ぐって乗っていた記憶があります。
兎にも角にも希有な体験でした。
さて、それから四半世紀以上経過したわけですが、週末になると少年サッカークラブの用事で、最近は音楽活動に費やす時間を捻出するのが大変です。 サッカーもチームプレイなら、バンドもよく似た集団。 広い意味で勉強にはなっていますがね。 子供達の練習や試合を見ながら、今日も今日とて、怒鳴っています。
「ほら、声掛けて!」