バンドの原点


 長見順という方がいます。 長見さんとは、学生の頃から面識があったのですが、それ以来お会いすることもなく、ブルースの世界で活躍しておられるという噂だけ耳にしていました。 確かに、彼女は学生の頃から例外的に存在感のあるギタリストでしたから、そういうことになったとしても不思議ではないなという風にしか思っていませんでした。 その後、CDを出されたということを聞き、ブルースアルバムかなと思っておりましたが、どうやらそうではないらしい、自作の曲を自分で歌っておられるとのことでした。
 十数年ぶりで長見さんにお会いしたのは、ゲシュタルトのライブを見に来てくださったときです。 そのとき、僕は Forest Song の収録をお渡しし、長見さんはご自分のライブを収録したMDをくださいました。 帰宅してその収録を聞いたとき、僕はびっくりしてしまいました。 MDに入っていたのは、リズム&ブルースという定型音楽ではなく、飾りのないデリケートかつストレートな歌と、ギターなどのリズムセクションと、そしてチェロを初めとする弦楽器の伸び伸びとした演奏でした。 演奏は、丁寧にオーケストレーションされているようでいて、自由な空気と、何と言っても心を一つにした一体感を伴っていました。
 後日、そのバンドではありませんが、芝草玲さんというピアニストの方達とのコラボレーションライブがあると聞き、行ってみることにしました。 ライブは、長見さんと芝草さんがそれぞれの持ち歌を自分で、或いは交換して歌い、それをドラムとウッドベースを含めたバンドで演奏するという形式でした。 ここでも目立っていたのは、自由な個々の演奏と一体感でした。
 長見さんから、いろいろなお話を聞いて驚いたのは、こういった演奏が、たった1〜2回のリハーサルで完成するということでした。 但し、そのためには、それ以前に大変な労力をかけてアレンジなどの前仕度をしておくことが必要だし、リハーサルはそれこそ一発真剣勝負でヘトヘトになるのだということでした。 卓越した個人技と充分な作戦、しかしライブで花開くのは見事な一体感です。
 長見さんは、僕とは180度といって良いほど異なる環境で音楽を続けてこられましたが、お話をしていると、なんとも共通点の多い方だなと感じました。 音楽のことで、これほどフランクに話し合える関係というのはあまり経験がなく、彼女との再会、というか実質的には出会いですが、それを僕はたいへん幸運に思っています。 また、長見さんから「バンドって信頼関係だからね」という感想を伺ったとき、不覚にも前回のエッセイで紹介した少年サッカーのAコーチの顔が浮かんでしまいました。 「人と人というのは、こういうことですよ」...
 長見さんからは、その後もメールなどで励ましの言葉を戴いており、僕はたいへん光栄に感じています。 先日、夜桜の下で再びお会いしたとき、一緒に歌を歌う機会に恵まれました。 お互いの持ち歌を披露して、それにハモやオブリをつけるのですが、とても楽しい時間でした。 こういう経験というのは、それこそ学生の頃以来覚えがなく、童心に返ってというか、バンドの原点のようなものを思い出させてもらいました。

--- 5.Apr.1999 Naoki


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