思えば、学生たちがロックバンドを組むというのは、いや、弾き語りでも良いのですが、たいへん教育的なアクティビティーであると思います。
ライフスタイルという意味では、優れた学校に行って、良い企業に正規雇用され、しっかりした家庭を築いて、ちゃんとした生活を送るというのが最も健康的なんだそうで、寿命や疾病の統計上もそうらしいです。
正規雇用と非正規雇用では生涯賃金に1億円ほどの差が付き、それが心身の健康に直接的間接的に影響するのだという説もあります。
そうであれば、バンドだとか、弾き語りのような音楽活動は時間の無駄で、むしろマイナスに作用することが多いわけですから、あまり教育的ではなさそうなのだけれども、そうとばかりは言いきれないと思うのです。
そもそもこの「優れた」、「良い」、「しっかりした」、「ちゃんとした」といった形容詞実体、現在糊口を凌いでいる設計開発の現場では禁句の典型、劣悪プロジェクトの常套句ですらあります。
では、なんで音楽活動が教育的なのか。
まず、学生の音楽活動というのは、音大生ならいざしらず、先生が居ません。
信憑性のあるアドバイスをくれる人も、効果的なカリキュラムを策定してくれる人も、必要な環境を用意してくれる人も、活動を見守ってくれる人もいないので、そういう人を探し回る、誰かの演奏を盗む、自分で創意工夫する、自分でファンを獲得するといった主体性が必要になります。
それから、具体的なゴールも提示されません。
自分のレコードを出すとかプロになるといった漠とした目標が立てられたのは20世紀ならではの話で、今世紀以降、音楽は本来のスタンスに回帰しつつあります。
そして、成功の基準もない。
コンテストなんぞというものがありますが、仮に落選しても「なんであんなダサいのが優勝したんだ?」、「審査員がバカなんだろ」で済んでしまいます。
音楽活動においては、上達の方法も、ゴールの選択も、失敗成功の解釈も、全て本人に委ねられてしまうのですね。
加えて、バンド活動ともなると、一人ではできないわけです。
これが職業音楽なら、報酬という求心力がありますから、統制は執りやすいでしょう。
しかし、アマチュアバンドにおいて、事はそう簡単ではありません。
曲を用意したり、アレンジしたり、リハーサルを計画したり、演奏会場の段取りを立てたりと、報酬とは無関係な作業があり、それを誰がどうやるのかといった卑近な課題がまずあります。
自然に "One for ALL" すなわちリーダーシップが求められ、一定の "All for One" すなわちメンバーシップが醸成されるでしょう。
役割が分担できたとしても、活動の方針から演奏の方法に至るまで、なにかにつけて同意や納得を要しますから、簡単であろうはずがないのです。
そういった課題を解決しながら運営を継続し、なんらかの音楽を実現するというのは、一種の起業のようなものです。
これは練習台になります。
演奏する本人たちが、発起人であり、経営者であり、執行役であり、マネージャーであり、労働者でもあるわけです。
失敗すると、コンサートの不評やバンド解散の憂き目を見ます。
悲しく悔しいことでしょうが、実際の起業に比べれば大した話ではありませんね。
ですから丁度良い練習台になるんです。
何のって?
起業に、イノベーションに必要なパーソナリティーを養う練習です。
顧みれば10年ほど前、少女サッカーチームを起こした背景には、そういったメンタリティー、怖いもの知らずとか見切り発車といった必ずしも褒められない傾向を含むのですが、それがあったのではないかと思います。
何かを起こす、何かを計画するという作業には、着想、情熱、過信、そして開きが必要になります。
着想は、まぁ絵空事のようなものですから、それだけでは質量を持ちません。
けれど必要不可欠ですね。
これに質量を与えるのが情熱です。
情熱は、情緒の範疇ですので、理屈ではありません。
例えば、男の子がギターを弾く情熱源の典型は、女の子にモテたいというその一心です。
コオロギみたいなもんです。
が、これもどうしても必要なんですね。
次に、本来なら自信と言いたかったのですが、起業というのは初めてのことですから、自信を裏打ちする準備が充分でない場合が少なくないでしょう。
ですから、過信としておきます。
そして、開き。
鯵鯖の話ではなくて、心のことです。
オープンマインドですね。
どういったかたちにせよ、これがないと現実を動かすことができません。
しかし、どれも複雑な課題ではありませんから、事を起こすというのはそんなに難しいことではないでしょう。
高校生の頃、著名な詩人の息子を悪友に持ち、自分もかぶれて詩を書き始めました。
授業とは関係なく、国語の先生に提出したこともあります。
一応文学方面の人物からなんらかのフィードバックが欲しかったんでしょうね。
こちらは、数十年後、丁寧なお便りと共に返却されてきました。
悪友の母上、すなわち詩人のご内儀に詩集ノートを見せたこともあります。
さぁ、どのような感想が聞かれるか、どんなアドバイスが戴けるかと期待していると、目を通されたあと「ふん」と鼻で笑われました。
米神が熱くなり硬直した表情で睨んでいる小生を気遣ってか、「いや、いいんじゃないの?」と慰めてくださったご内儀は、続けてこう諭されました。「いいから10年続けてごらん。ヘタでもなんでも10年。そしたら本物になるわよ」。
詩の方は案の定そんなに続きませんでしたけれど、少女サッカーチームの方は続いています。
発足当時の子らは、もう大学生になったり就職したりしています。
前身となった少年サッカークラブの女子選手からは、結婚の便りも届きました。
継続は力という言葉が、朧気ながら分かってきたような気もします。
続けるという作業は、起こすという作業に勝るとも劣らぬものですね。
起こして、続ける、それでやっと何かが動き始める。
けれど、それとは別に、最近感じるようになったことがあります。
少女サッカーチームを起こした頃のような、沸々とした感情が湧かないのです。
あの沸々は、必ずしも精練されたものではありませんでした。
期待、不安、喜び、悔しさ、清濁様々な感情が入り混じった沸々です。
それが、ふと静まっているのです。
水面はさざなみ立っていますが、泡凹は沸き立って来ないし、水は澄んでいます。
起こす、続ける、その次の作業に着手するタイミングなのかもしれません。
それがどんな作業なのか、新たな泡凹探しなのか、それとも鏡のような水面を湛えることなのか、さぁよく分かりません。
先日、「時空兄弟」というバンドのライブを観に行ってきました。
大嫌いだったバンド「サンセットキッズ」の大津まことがマダムギター長見順と組んでいるデュオです。
この異色のコンビが実に秀逸で、マダムのリアルなサウンドと大津君のシュールなサウンドが溶け合い、観客を新たな時空へと誘います。
彼らは他にも様々なバンドで活躍していますが、年に数回このバンドでそんな時空創りに取り組むようです。
彼らの演奏を期待して、客席には何人もの音楽関係者が顔をそろえていました。
ドラマ「あまちゃん」の音楽で巷でもお馴染みになったピアニスト、江藤直子さんの顔もありました。
ライブの後、マダムと江藤さんと話をする機会がありました。
昨今の女性ミュージシャンに感じていることを述べると、大変共感して頂けました。
「男性はなんだかんだ女性のために音楽を演るけれど、女性はまさしく音楽のために音楽を演るね」、「そうよ、そこなのよ!」ってな具合です。
それはもちろん極論ですが、音楽に限らず、男の原動力というのは、色欲か、金欲か、出世欲か、権力欲か、大抵そんなもんです。
本人が自覚しているしていないにかかわらず、化けの皮の下にはそんな原動力が巣食っています。
考えてみれば若い頃はそうだった、と自分で気付く男性は、これはもう聖人の域に達しているかもしれません。
生理的な原因とは限らず、何千年という社会的遺伝子がそうさせるのかもしれませんから、一概に問題視するわけでも卑下するわけでもないのですがね。
一方、老練な男性ミュージシャンと若い女性ミュージシャンが、同じ地平で演奏しているシーンをよく目にするようになりました。
技術や体力はあっても圧倒的に経験値の少ない女性が、その道の権威と肩を並べて屈託なく音楽を紡ぎ出す様子にはびっくりします。
若い男性ミュージシャンには殆ど観られない傾向です。
それには前述の原動力の違いが関わっているのかもしれません。
これからは女性の時代とよく言われるし、女性の起業家もどんどん生まれています。
但しそれは、前世紀の男性起業家とは似て非なるもので、根底が趣を異にしているような気がします。
音楽も同様、男たちがやっていたことを女たちもやるようになったなどという単純なものではないと思います。
マダムギター然り、江藤直子然り、こういう連中が束になるとどんなことになってしまうのでしょうか。
不安的中、マダムと江藤さんは「パンチの効いたオウケストラ」という女性ばかりのバンドを組んでおられ、「ORCHESTRA ON A PUNCH(オウケストラ・オンナ・パンチ)」なるアルバムも出しておられるとのことでした。
20世紀初頭ボードビルで活躍した「チェリー・シスターズ」のような女性コメディアンや、20世紀後半「チェリー・ボム」のヒットを飛ばした「ザ・ランナウェイズ」のような女性ロックバンドとは、全くもって趣を異にする芸能集団であろうことは間違いありません。
もっと危険な代物であるはずです。
なにが危険って?
男性にとって危険という意味です。
未だ観に行ったことはありませんが、ワクワクものです。
長見順と江藤直子、危険なタッグである(2014.5.9)
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--- 2014/5/13 Naoki
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