向こう岸へ行くのさ


 この8月は、自分にとって大きなライブを二つ経験させて頂いた。 一つは、8月1日に恵比寿天窓であった、bispさんのワンマンライブだ。 bisqさんとは、有名悪魔バンドの初代ベーシスト星島裕樹の紹介で知り合った。 彼と、自分と、ドラムの丸山雄一の3人で脇を固め、ライブ演奏やアルバム「留学生活」の収録を行った。 丸山というと、ジャズ、パンク、アングラといったイメージが強いが、形態に関わらず、心に響く音楽を敬愛した。 彼はbisqさんの音楽をとても気に入り、様々な形で彼女の活動を支えた。 丸山が他界したとき、bisqさんは「蝶々」という歌を作って彼に捧げた。 元々自分はエレキギターだったが、今回はベース、それもフレットレスで参加した。 上手に弾けるわけもないのだが、自分にできることは全てやらせてもらった。 ドラムは、かつて女の子バンドでイカ天(イカしたバンド天国)などを賑わせていた島田みゆきさんだ。 必ずしも彼女の得意なジャンルではなかっただろうが、リハのときから全身全霊で打ち込み、素晴らしいビートを注ぎ込んでくれた。 bisqバンドには、全身全霊で打ち込みたくなる何かがあるのだ。

 もう一つは、8月21日に高円寺ウーハで行われた、時空兄弟&ForestSongのジョイントライブだ。 時空兄弟は、マダムギター長見順と大津真が結成した異色のデュオである。 マダムギターは、日本を代表する女流ブルースギタリストとして一躍脚光を浴び、その後様々な音楽活動で人気を博して来た逸材だ。 学生の頃の彼女を観たことがあるが、ギターの上手な女の子だな、くらいにしか当時は分からなかった。 その形容は、もう正しくない。 心の中を掴み出すような渾身のギターと研ぎ澄まされた歌声が一体となって迫って来る。 彼女の演奏を観て心を奪われない人は先ずいないだろう。 大津真は、彼のバンドであるジュリエッタマシーン等で活躍するギタリストだ。 よく「アンビエント」という言葉を口にするから、アンビエントギターとでも称しておこう。 とても自分には発想できないような自由な演奏を繰り広げる。 結果、演奏会場は独特の粘性を帯びた空間に変質し、誰しもその中へ取り込まれてしまう。 取り込んでしまえばこっちのもので、そこから彼の攻撃が始まるという塩梅。 とても真似のできないギタリストだ。 このマダムギターとアンビエントギターが結託をすると、時空兄弟になる。

 その時空兄弟とジョイントしたのが、我らがForestSongである。 我らが、と修飾したのには訳がある。 ForestSongは、1997年に始まった。 初ライブは、その8月、渋谷アピアだった。 その後2000年に札幌の歌姫ひがさとデュオをやるまで、ForestSongは弾き語り活動であった。 ひがさは、ガラリチャンバーという、脳みそがひっくり返りそうなバンドのボーカルだった。 全くジャンルが違うというか、自分には文字通り異境の存在であった。 ところが、その素直な歌声がどうしても耳について離れず、共演をお願いしたのだ。 思った通り、彼女の声は歌に新たな命を吹き込んでみせた。 そもそも棲む世界が違うので、共演できたのはそれ一回きりである。 だが、自分以外の誰かとの共同作業によって花開くものがあることを痛感した。 ForestSongをバンドにできないか、以来いろいろな試行錯誤を行った。

 その中で衝撃的だったのが、2009年、上記のアンビエントギター大津真と、 ジュリエッタマシーンで彼の相棒を勤めるピアニスト江藤直子さんと組んだ"ForestSong Trio"である。 特に江藤さんは、表現したくても弾き語りでは届かない領域を瞬時に音にして見せてくれる。 しかも、それに留まらず、驚くべき世界に拡げてさえくれる。 驚くべきとは、完全に忘れていた原風景に出会ったような、そんな驚きである。 「この歌詞はね」とか「このコードはね」といった観念的な説明は全くしたことがない。 試しに弾き始めると、白黒だった世界が即座にカラー映像でフィードバックされるのだ。 なんでそんなことができるのだろう、不思議という他ない。 その後、内輪のコンサートで江藤さんとデュオでやらせてもらったとき、その思いは決定的になった。 むしろ、江藤さんのピアノなくしてForestSongとは言えないのではないかとさえ感じるようになってしまったのである。 そこで、今回もデュオでやらせて頂けるようお願いした。 再び貴重な時間を得ることができた。

 この日来てくださったお客さん達に喜んで頂くためにもと、 最後にマダムギター、大津真、江藤さんと4人で1曲演奏をした。 昔、大津真と江藤さんが組んでいたバンド、サンセットキッズの名曲「踊り人形」である。 「ソロとかとってくださいよ」と勧められたが、サイドプレーに徹しさせて欲しいと申し出た。 実はこれ、半分観客のつもりで演奏に参加したかったからである。 それくらい楽しい企画だった。 来てくださったお客さん達は殆どが顔見知りの友人だったが、これは同窓会企画などではまるでない。 何かを懐かしんだり旧交を確かめ合ったりするためであれば、このライブは期待はずれだったであろう。 これは、今と戦い、明日へと腕を伸ばす現在進行形の音楽の坩堝なのだ。 皆、向こう岸へ行く覚悟はできている。

 では、どんな方々が来てくれたのか、少なくとも上記に挙げた方々の殆どがその中にいた。 直接間接を問わず、ForestSongに関わってくれた方々の多くが顔を揃えたのだ。 bisqさんが来てくれた。 みゆきさんもクラリネット奏者の友達を連れて来てくれた。 少し遅れて星島くんも来てくれた。 そしてなんと、ひがさが札幌から「すすき野の女王」さんを連れて来てくれた。 それどころか、18年前ForestSongの初ライブに来てくれたギタリストの西岡隆君が今回も愛媛から来てくれた。 更に、前回のエッセイで紹介したドラムの服部純二も来てくれた。 そして、オレンジチューブのボーカル大山大介も来てくれた。 オレンジチューブは、丸山の紹介で参加したことのある縁の深いバンドだ。 ということは、丸山も(お盆の延滞ということで)来てくれたかもしれない。 音楽を辞めないでいて良かったなと、つくづくそう思った。


--- 2015/8/23 Naoki


bisqバンドの演奏

中国書画の谷覃淵先生をゲストに迎えて

ForestSongの演奏

時空兄弟とのコラボ

きっとまた会おう



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