さらば1997
1997年終焉のカウントダウンも間近。
今年はどんな歳だったか。
仕事の方では、2年越しで設計に参加していた通信システムがデビュー。
出向生活にも一応の節目を迎えて川崎に職場復帰。
趣味の方では、やめときゃいいのに少年サッカークラブのコーチに就任。
世間では、暗いニュースの多い中、サッカー日本代表のワールドカップ悲願の予選通過。
音楽活動では、長年続いてきたバンド活動が停止。
初めてのソロ活動。
さして芳しくもなかったが、いろいろな節目となった歳ではありました。
仕事は、元々好きではない方だけれど、興味の持てることが増えてきましたよ。
こと通信関係について言えば、これからも静かな且つ大胆な改革が進んで行くでしょうね。
仕事って、興味を持たざるを得ないくらい労力と時間を割かれるものだけど、そういう努力をしなくて済むくらいには面白くなってきたのかな。
歯車の一部と言ってしまえばそれだけの自分に何ができるものでもないのでしょうが、そういう言わば革命に参加しているという感触は満更捨てたものでもない。
では、その通信革命とやらが世間に如何ほど有益か?
さて、それはこれからの時代に生きる一人一人の心がけ次第、何せ革命ですからね。
で、来年への抱負は、「考える歯車に」。
サッカーは、腕に覚えもないのにね、始めちゃって。
思い知らされましたよ、自分の体力の衰退ぶりを。
この世に実体としてニョキッと出ているのは自分の体ですからね、体が弱るということを枝葉末節的要素と片付けるわけにはいきませんわ。
ひどかったのは、今年最後の練習でコーチ陣が小学校6年生のチームに負けたこと。
それも5対1。
手を抜いてたわけじゃない、某コーチのオーバーラップした後なんかには子供達がバタバタ倒れているという実に大人気ない試合だったんですから。
僕は、先輩コーチ達がいいとこ取っちゃって、気が付いたら左サイド。
前衛も後衛もないからタッチライン沿いを行ったり来たり、すぐバテてしまい、自分がサイドを一往復する間にボールは二往復というペース。
同じ直樹君でも相馬(日本代表のレフトバック)のようには行きませんわな。
しかし、コーチチーム虎の子の1点は、僕が切り返して通した絶妙のセンタリングによるものなのだ。
早くて低い弾道の...本当は上げるつもりだったけど足が縺れて...
で、来年の目標は、「3年生チームに勝つこと」。
ソロ活動には満足しました。
というか、満足してしまいました。
これは、満足しちゃいけないんですよ、未だ足りない、次は変わる、喉から手が出てマイクを掴んで離さないという状態じゃないと。
僕のソロ活動は、言わば馬鹿正直な自己表現、自分が感動しなくなると、つまり自分の心が動かなくなると、ふつと空気のように消えてしまう。
とてもコンスタントな活動は無理だと思いました。
それに、やってて楽しいのはマラソンよりサッカー、そろそろバンド復活にも挑戦してみたい。
いずれにせよ、消してはいけない火のような気がする。
で、来年の抱負は、「自らを信じろ」。
さらば1997!
--- 31.Dec.1997 Naoki