フェリーボート
今日は仕事の関係で幕張メッセに行ってきました。
車で行ったんですけどね、疲れました。
用が済んでから多少時間があったので、また首都高速の渋滞に並ぶのもつまらんと思い、
木更津からフェリーで川崎へ渡ろうかと考えて京葉道路を逆進しました。
がらがらの高速を数十キロかっとばして木更津に着いてみると、あの辺りというのはしかし、出光でしたっけ、大コンビナートが連なる殺風景なところです。
天気もいいしせっかくだから、もう一足延ばして浜金谷から久里浜に渡ろうと考えました。
金谷港までは一般道でまた数十キロあるのですが、免許取り立ての頃にレンタカーで走った懐かしい道なので、なんとなく心和みながらトロトロ走りました。
辿り着くと、七割方青空なのに鋸山の頂上だけが厚い雲に覆われているというこの辺り特有の風景で、山腹の緑は照り返すことなく落ち着いた美しさで迫っていました。
船着き場の岸壁から海を臨むと、不思議なものです、海というものはいつも初めて見たような感動を与えてくれますね。
次から次へと押し寄せる波には、別に物珍しいはずもないのですが、ついつい見入ってしまうような迫力とバランスがあります。
テトラポットにへばりついた貝が干からびて生じるのか栄螺の壺焼き風の磯の香りには、横浜の本牧などで感じる重油のような海の匂いとはまた違った感慨があります。
フェリーに乗るのは多分二十年ぶり数回目なのですが、車で乗り込むのは初めてでした。
だからどうってことでもないのですが、なんだかワクワクしました。
実は、明日ライブハウスのオーディションで「フェリーボート」という歌を歌おうと思っていたので、だからどうってことでもないのですが、ウキウキしました。
他のお客さんも、特にオニイサンやオジサンなどの男衆は、なんだかウキウキ・ワクワクしているように見えました。
案の定、乗船すると僕と同様、彼等も飲み物などを手に、多少潮に当たってでも見晴らしのいい場所をとデッキを歩き回るのでした。
風が強く、波も高くて、走り出した船体は思いのほか揺れていましたが、景色はすこぶる良く、僕や数人の男衆はずっと一番上の吹きっさらしの甲板にいました。
だってそこからは空と海が両方見渡せるのですから。
間近でホバーリングする鴎を見ると、改めて鳥という生物は素晴らしいなどと感じるのでした。
うねる波の下にも、何も見えはしないのですが、無数の生物が息づいている雰囲気があって、改めて地球というものは素晴らしいなどと納得するのでした。
何を思ったか、勝手にこんな海の上で風に吹かれている自分を考えると、自分もまた生きているのだなあと訳もなく感心するのでした。
「フェリーボート」という歌には、「船首に立てた小さな女神に乾杯」というくだりがあります。
聞く人にとっては、多分ここが一番不可解というか引っ掛かる部分だと思います。
まさか中世の帆船でもあるまいに、フェリーの鼻っ先に女神なんて立っとりゃせんでしょう。
実際、船尾には日の丸の旗がハタめいておりましたが、さて船首はどうであるか、この機に見ておく必要があろうと思い行ってみました。
果たして女神は立っているでしょうか。
僕には何も見えませんでした。
しかし、どうしてもそこに立っているように思えてなりませんでした。
たった35分の小さな船旅でしたが、久里浜港に接岸するころにはいつの間にか夕日が差しており、再び車を走らせると間もなく雲は真紅に染まりました。
--- 26.Jun.1997 Naoki