相棒
大学に入学して暫くした頃、横浜元町のジーパン屋にメイプルネック&ブラックボディーでフェンダー社製のストラトキャスターというエレキギターが置いてありました。
中古品で12万円。
一目見て気に入り、当時このタイプのギターは定価が20万円以上したということもあって、是が非でも欲しくなりました。
いろいろなアルバイトをしましたが、中でもっとも効率が良かったのが家庭教師。
「語学は予習が肝心だぞ」などと口が裂けそうなことを言いながら3ヶ月かけて金を用意しました。
しかしこのギター、フェンダー社がCBSに吸収される直前の、粗悪品とは言わないけれど作りの粗いギターでした。
その後このギターは、搬送中のトラックの荷台でプールのように溜まった集中豪雨に一晩浮かんでみたり、鳴りが悪いと言っては温風乾燥機に掛けられパキッと音をたてて割れてみたり、チューニングが狂うと言ってはフロイトローズ(特殊な専用金具)付け損ねのネジ穴を開けられ爪楊枝とアロンアルファを充填されてみたりとさんざんな目にあいました。
そして、気に入らないと言っては改造に改造を重ねられました。
ですから、ネック塗装、フレットはもとより、ボディー3回、ピックアップアッセンブリー6〜7回、ブリッジ4回の交換を経て、今ではフランケンシュタインの怪物と化しています。
意外にオリジナルのままなのがネックとペグ(糸巻き)だけで、ボディーは80年型のフェンダー社製、ピックアップアッセンブリーはアレンビック社製、ブリッジは確かダンカン社製に落ち着きました。
それでは愛着があるだろうと思われるかも知れませんが、どっちかっていうと気に入らないから手を入れてきたわけで、演奏がうまくいかないとギターのせいなんかにして当たり散らしてきましたね。
僕はなかなか楽器と友達になれなかった。
他にも、ナチュラルカラーにすると言って塗装が半分剥がされたっきりになったギター、口で弾くとか言って噛みつかれてネックに歯形の付けられたギター、電池ボックスを作ると言って鑿(のみ)でボディーを貫通されたギターなど、犠牲者は数知れません。
挙げ句はギターをステージで燃やしたり(これが意外と燃えない ! )、斧のように振り回して割ってみたり(これが意外と割れない !! )と非道の限りを尽くしましたが、心が痛むようなことはありませんでしたね。
去年はPRS社製のギターを主に使っていましたが、こいつはちと高価なので、改造したり壊したりはしていません。
でも、叩き割ってやりたいという衝動に駆られたことはあります。
弾き語りをやるようになって、専ら手にするギターは、アコースティックギターに変わりました。
アコースティックギターは、既に3台程埃を被っていて、いつ捨てられるとも知れぬ余生を送っていますが、どれもコレという音がしないので使う気になれません。
それに車の中で練習するのに取り回しの利く小さなギターが入り用だと話していたら、10年近く共にバンドをやってきた無二の親友がプレゼントしてくれました。
ギブソン社のL/Sとかいう3/4スケールでチェリーサンバースト塗装の可愛いギターです。
1960年生まれですから僕より一つ年下の弟もしくは妹ということになりますか。
一緒にいると妹という気がします。
コイツは、傷だらけではありますが、フレットやナットの類はきちんとリペアされていて、美しい高音と芯のある中音、それに鳴りのバランスが明らかにいいギターです。
指板などにハカランダ材という(昨今では)貴重な木材を使用しているとはいえ、スプルース材のボディーにウォールナット材のネックというのはオーソドックスなコンビネーションで、何で他のギターとこうも音色が違うのか、バランスがいいのか、不思議なくらいです。
それこそ10年以上アコースティックギターに接していなかったのですが、ギターの方でうまく音を整えてくれたり、或いは音に意味を持たせてくれたりするような感じで、僕の新たな挑戦を根気強くサポートしてくれました。
ギターに励まされながらの練習という一面がありましたね。
しかし、難点もあります。
先ず、弾き辛いということ。
ギターのボディーが小さいので、膝に乗せたときの高さが悪く、また右腕が固定し難いのでしっくりきません。
それから低音域がない。
これもボディーが小さいせいでしょうね。
ショートスケールということもあり、やや太めの弦を張ってはいますが、それでもだめです。
弦が固いので、触り初めて数日で指先を痛め、治るのに(もちろん弾きながらですが)1ヶ月近くかかりました。
それから、ギターピック(セルロイドの下敷きを小さな三角形に切ったようなもの)で弾くとガチャガチャになる。
ボディーがびっくりしてしまったような状態になるんですね。
だから、このギターは素手で弾いてやらないといけない。
となると、爪の手入れだとか、やたら気を使うハメになってしまいます。
こんなこともあるので、ライブ本番にはエレアコ(アコースティックギターに電気的なピックアップがついたもの)にしようかと考えたりもしました。
ともかく彼女と練習を重ねました。
何とかなるだろうという気持ちでね。
しかし、ライブが近づくにつれ、少し焦りのようなものが出てきました。
前にもこのエッセイに書いたように、夜な夜な森に行っては車の中でリハーサルをやるわけですが、日によって出来が全く違い、楽観的になれることもあれば絶望的になってしまう日も何回となくありました。
それに、オーディションの時の緊張がふと思い起こされると、まったく途方に暮れることもありました。
そんなとき、お恥ずかしい話ですが、いやまったく、彼女つまりギターのボディーをポンと叩いて、「こんな日もあるさ」なんて話しかけたりしてたんですよ。
独り言じゃないんです、話しかけたり、相談したり、「いいじゃないか」なんて褒めてみたり...
声に出したり出さなかったりだったとは思うのですが、マジなのですよ、マジに話しかけてたんです。
長年、それこそ化けるほどギターと接してきて、こんなことは初めてですよ。
お恥ずかしい、いやまったく...
そうこうするうち、ライブはコイツと一緒じゃなきゃイヤだなと思うようになりました。
低音が苦手だろうが、多少弾きにくかろうが、自分が全力出せばコイツもきっと精一杯やるだろうと考えたわけです。
まぁ、苦楽を共にした相棒のようなものですね。
果たしてライブ当日、音合わせの時にPAのオペレーターから「ちょっとウクレレっぽいですけど、まぁいいんじゃないですか」と指摘されたものの、終わってみればギターの評判もすこぶる良く、「やったね」という感じでした。
ライブの直後、セッティングスタッフに「(音合わせのとき指摘されていた)マイクとギターの位置が一定しなくて申し訳なかった」と謝ると、彼は微笑み首を横に振って「いや、関係ないですよ」と答えました。
さて、B.B.キングというブルースギタリストがいますが、彼のギタープレイは、正にギターと同化したというか、ギターが心の叫びから細波のようなものまで見事に表現する体の一部って感じですよね。
彼が愛用しているギブソンES−345の改造モデル(355ですっけ?)には、「ルイーズ」だか「ルシール」だかいう愛称が付けられているそうで、メンバー紹介のときに「ドラムの○○、ベースの△△、それから...コイツさ」な〜んて一緒に紹介されたりしているのをVTRで見たことがあります。
よござんすね。
うちのには何て名前をつけましょうか。
--- 27.Aug.1997 Naoki