勤め先は、高級住宅街として有名な田園調布と多摩川を挟んで向かい側、サッカーはヴェルディー川崎のホームグラウンドである等々力球技場の北にあたる北見方というところにあります。
道幅は狭いがトラックがボンボン通る府中街道沿いで、お世辞にも閑静とは言い難いこの地域に、しかし川が近いからでしょうか、びっくりするようないろんな動物がいます。
知る人ぞ知るのがコウモリ。
夕方になると音もなく飛び回っていますから、気を付けていないとわからない、でも気を付けてみるとワンサカいます。
昭和40年代に建てられたと思しき棟の巨大な屋根裏で一集落築いているものと思われ、群をなすほどではありませんが相当数いるようです。
一度弱って落ちている輩を観察してみましたが、小型の可愛らしい奴でした。
正面玄関に、噴水と銘打った防火用の貯水池がありますが、或る年ここでカルガモ(もちろん野生)が子育てをしたことがあります。
そりゃめっちゃめちゃ可愛いかったですよ。
数羽生まれたヒナのうちの一羽が衰弱して死んじまったときなんか、構内ニュースでそのことが伝えられると、会社全体の雰囲気が、なんだか2、3日喪に服したような塩梅でした。
昼休みにはOL連中のみならずいい年したオッサンどもも見物に来るし、朝夕はカラスなんぞが悪戯しに来ないかと守衛が目を光らせるし、好きなんだねぇ。
残るヒナ達が元気に巣立っていった後は、みんな嬉しいような寂しいような気持ちだったんじゃないでしょうか。
後にも先にも僕が会社でスターになれたのは、或る昼休みのことです。
食堂で飯を食って仕事場の棟に戻る途中、例の噴水のそばに人集りがしてなんだか騒々しい。
駆けつけてみると、総務か何処かの男どもが4、5人、手に手に棒や網を持って捕り物の様子。
逃げ回っているのは、長さ70〜80cmはあろうかというシマヘビでした。
シマヘビというのは、毒を持たず、大変おとなしい蛇なのですが、捕り物を買って出た男達はそれを知らないと見えて、腰を引いて取り囲み、竹箒などで抑えようとしている様子。
これじゃあまりにも蛇が可哀相というもの、怪我でもさせないうちにやめさせなければと思い、男どもを制して素手で捕まえ、袋に入れて会社の裏の小さな神社に逃がしてきました。
この蛇を捕まえた瞬間、遠巻きにしていたOL達や、各階の窓から蜂の子の頭のように見物していた社員達から一斉に拍手が上がり、なんだかヒロイックな気分に浸ることができたのでした。
さて、今日も今日とて昼休み、「よっこらしょ」な気分で2階の喫煙コーナーに入りました。
喫煙所は背の高いパーテイションと天井から吊り下げられたビニールシートに囲まれており、非力な換気装置があるだけで、「煙草吸いたい奴はおまえらだけで死んでくれ」的な閉鎖空間です。
しかし、小さな換気扇のお陰で全開できない大きな窓があって、そこからぼんやり外を眺めることが出来ます。
窓の下には、フォークリフトが積み降ろしする荷物を置くスペースを雨から守るためか、4〜5メートルほど突き出しているトタン製の屋根のような軒があります。
最近、壁か何かの補修で、この軒の上に櫓を組んで、鳶職の人や何かが作業をしています。
喫煙所に入ってきた他部署の部長さんが、「お、屋根の上で人が寝てるよ」というので、どれどれと窓の外を覗いてみると、鳶職のオッサンが昼寝をしていました。
それが、よりにもよって斜めに突き出ている軒の縁に沿って、ぎりぎりの所に寝ているのです。
右に寝返りを打ったら一巻の終わりという絵になっています。
高所恐怖な僕や、いや普通の神経をしている人だって、見ているだけでもお尻がふわふわするような光景で、それでもオッサンは、青空の下、気持ちよさそうに昼寝を満喫しているのでした。
最近特に仕事がきつくトラブル続きで、日隠れの頃また一人で喫煙コーナーに赴き、煙を吸って溜め息を吐いていました。
もはや櫓は取り払われ、昼寝のオッサンの姿も、帰ったのか落ちたのか、取り敢えず消えていました。
そのままぼんやり眺めていると間もなく、窓のすぐ外、即ち軒の上をゆっくりと横切っていくものがおる。
最初は黒猫だと思いましたが、鼻先が長く、頭が平べったく、尻尾の先が太い、なんともアナグマ的な風貌。
タヌキでしょうか。
イタチのようでもありますが、夏毛のタヌキは思いのほか痩せて見えるものです。
やっぱりタヌキか、しかし用心深いタヌキが、いくら軒の上とはいえ、人が行き交うこんなコンクリートだらけの構内に出没するでしょうか。
目を疑いましたが、しかし悠然と横切っている。
直に見てやろうと窓のサッシをガラリ動かすと、やっと人の気配に気が付いたか、足早に立ち去ってしまいました。
いやはや、いろんな輩が生息している。
人目に付かない喫煙コーナーで、人目に付かない軒の上で、なにやら考えてるような考えてないような、取り敢えず生息しているのであります。